名古屋鉄道の路線・歴史などについて、詳しく丁寧に解説するサイト『名古屋鉄道の歴史』

●●●路線●●●

【名古屋本線】

名岐鉄道と愛知電気鉄道が合併して名古屋鉄道が発足した後、新名古屋〜枇杷島橋間が開業
することになりました。
さらに神宮前〜新名古屋間の東西連絡線が1944年に開業、名岐線と豊橋線が結ばれるが、
名岐線は600V電化、豊橋線は1500V電化であったため直通運転ができず、金山橋駅
で乗り換えが必要でした。
名岐線が1500Vに昇圧されて豊橋〜新岐阜間が名古屋本線となり、直通運転が始まった
のはの1948年のことになります。
1990年、神宮前〜金山間が複々線化されました。
しかしこの複々線は1駅間のみで、列車の運用を見ても事実上常滑線を金山まで延伸したと
いう性格の方が強いことが分かります。

【名岐線】

現在の枇杷島分岐点〜丸ノ内間は、名古屋電気鉄道が、丸ノ内〜国府宮間は名古屋鉄道が、
国府宮〜名鉄一宮間は尾西鉄道が、名鉄一宮〜笠松間は名岐鉄道が、笠松〜名鉄岐阜間は
美濃電気軌道によって開業しました。
最初の開通区間は枇杷島橋〜須ヶ口間で、1914年の開業です。
名岐線で最後に開通したのは新一宮〜新笠松間で、1928年の開業です。
それまでの名岐間の連絡は、木曽川線の木曽川橋駅と笠松線の笠松駅の間を木曽川を介して
行われていましたが、名岐線全通により当時の名古屋側のターミナルで、今の名古屋駅の
北東にあった押切町駅から新岐阜駅まで直通の特急が運転されるようになります。

【豊橋線】

豊橋側は常滑線を営業していた愛知電気鉄道により開業しました。
神宮前駅を起点に有松線、岡崎線、豊橋線と名を変えながら、豊橋へ向けて1917年から
1927年にかけて順次延伸されました。
沿線は東海道の宿場町として栄えており、当初は鉄道建設は反対でした。
そのため国鉄の東海道線は、豊橋駅を出ると東海道から外れ、蒲郡駅を経由する海岸沿いを
走っています。
東海道線が開通すると、東海道沿いの宿場町は一気に廃れてしまうこととなります。
愛知電気鉄道が同線を開通するにあたっては、地元も鉄道誘致には積極的に動いたために
土地買収等がうまくいき、並行して走る東海道線とは違い直線のような路線になりました。